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嬉しいこと、残念なこと

今日の嬉しいこと。
地元で銀行に行ったら地域の切り絵サークルの作品が展示されていた。
順番を待ちながら眺めていると知った名前を見つけた。
それは中学時代の美術の先生で、その先生の授業で切り絵をしたことが私が切り絵を始めるきっかけだった。

私が中学校を卒業してからだったかもしれない。
先生は私と妹の部活の顧問でもあり、そんな縁もあって母が切り絵に興味を持った。
そして「ぜひ私たちにも教えてください」ということで母親有志が集まり切り絵サークルが発足したのだ。
母が亡くなってからも時々「今もやってるかな?」と思い出すことはあった。
あれから20年ほど。
今も続いていると思うと、とても嬉しい。
メンバーは知らない方ばかりのようだが、どの方も明るい絵柄で上手い。
丁寧にきれいに仕上げられていた。
先生の切り絵も昔と変わらず素朴で力強い切り絵らしい絵だ。
いつかお会いして「先生のおかげで今も切り絵を続けています」と伝えたい。



残念なこと。
学生時代よく江戸っ子焼き(大判焼き)を買った「江戸っ子」さんが明日で閉店。
今日行ってこようと思ってたのに結局行けなかった。
予約すれば作ってくれるらしいけど、予約して食べるものじゃないよね。
近くに行ったとき「あ、ひさしぶりに買っていこ♪」って買うからいいんだよね。
なつかしい味が一つなくなるなぁ。

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サポート2日目

鯛車
ロビーの鯛車。
旧巻町の郷土玩具で近年復活しました。
7月5日の15時より古町から西大畑公園まで鯛車のパレードがあります。




パスルのようにバラバラになった図を探して切り貼りして、つないで、大きな図を作っていく。
今日もこの作業が続きます。
先生は「小さく描いて大きく作るのが好きなんだよね。自分が小さくなったみたいでおもしろい。人間は小さくなれないから」というふうなことをおっしゃってました。
少年みたいでステキです。創造の原点はこんなところにあるものなのかもしれません。
これが終わっても、まだまだ次なる工程があるらしく、完成にはまだ時間がかかりそう。
今日は2階でカセットプラントも作っていたようです。


昼休み、西大畑の和洋折衷住宅探索してどっぺり坂のあたりまで散歩したり。
高級げな住宅ばかりでなく、庶民的な家も多い。
昭和そのものの床屋さんがあったりして。
道具といい、入り口の引き戸のガラスといい、おじちゃんとおばちゃんといい、雰囲気最高。
その近所の酒屋さんも味わい深く。
あの辺りはやはり侮れません。

やはりいろいろあるよな、と思ったり。
市から派遣されてお手伝いしてる人たちは、望んでボランティアしている人たちに比べたら当然のことながらモチベーション低くて、それが原因とばかりとはいえないものの、仕事の出来がよくなく大掛かりな修正が必要になって・・・
そんな話を聞きました。
コミュニケーション不足も影響のひとつのようです。
この2日間は雰囲気もよく、皆さん集中して丁寧な仕事をしていたように感じました。
いろんな人が集まる場で雰囲気に気を配ったり、仕事の目途をつけたりと、私のような飛び入りではなく本格的にお手伝いしているサポーターさんたちは大変だなぁと思います。

サポーター登録者はたくさんいるのに、それを生かせず人手が足りない・・・
開催が近いのに決まってない事が多い・・・
いろいろ、あるのですね。


ついでに言うと

何も熱く語るつもりはないんだけど。


私も最初、市議会でもめたり、同じ県内で似たようなアートフェスティバルをやることに魅力を感じなくてまるで期待してなかったクチ。それに何と言っても
アートってわからない!
だけど思い出してしまったのです。

先日書いた近所の会場。
あそこにまつわる記憶は私にとって川の記憶であり、川の記憶は私の先祖への思いへつながることを。
我が家の何代か前の先祖は渡し舟の船頭だったそうです。
私も朝夕に川を見て育ち、川の近くの原っぱは子供の背丈より高い草が生い茂り、そこに親に内緒で行くことは小さな冒険でした。
昔はタヌキもいました。
川から引いた農業用水路にはまだメダカやオタマジャクシがいました。
ホタルもいました。
川から釣ってきたフナを育てました。

そして母の実家はいわゆる亀田郷で、かつて「芦沼」と呼ばれた低湿地でした。
腰まで泥に浸かって田仕事をしたり、舟で稲刈りをした話を祖父母から聞いたことがあります。
私が小学生のころはまだドキュメンタリー映画「芦沼」を全生徒が見る時代でもありました。
あの映像は今でも忘れることができません。

こんなことをぶわっと思い出したら見に行かなくてはなぁ、関わらなくてはなぁと思ったのです。
例の会場も数年後には取り壊されるそうです。
それに大好きなんですね、川が。
きれいな川ではないですが、わずかに残る植生とか、鳥とか。
伯父は釣れようが釣れまいが毎日鯉釣りに通ってます。


まぁ、それでもアートって芸術家の自己満足だよな、と思うときもありますが。


サポート1日目

今日明日と連休なので市美術館へ作家さんの制作お手伝いに行ってきました。

先週土曜日に下見を兼ねて美術館に行ったところ、今回お手伝いさせていただく山口啓介さんは、3年前の「大地の芸術祭」で旧三ツ山小学校で「光の庭」を展示した作家さんだと気がつきました。
すばらしかったんです、その作品!
そのすばらしさを写真に写し撮ることができなくて途中で断念したのでこんな写真しかありませんが。
光の庭
先日申し込みをした際に美術館の人が、プラントが云々おっしゃってて「ぷらんと?」って思ったけど、これ「カセットプラント」と呼ばれてたことを思い出しました。
カセットテープのケースに樹脂を流し込んでドライフラワーを固めたものでした。

【“サポート1日目”の続きを読む】

自来也

jiraiya
調子にのって、また切り絵を載せてみました。

GOEMON BANDのヴォーカリスト・自来也くんです。
念のため断っておきますが、ヤンキーではありませんよ(笑)
四世中村歌右衛門という役者さんを意識して。
なんか、妙に楽しい絵でした。

星みたいな花

カメラ機能がなかなか覚えられないので、記録&研究用に新カテゴリ。

条件:6月某日。薄曇りの夕方16時頃。日陰。
hoshi1
オートモードで。
色が飛ぶので露出で調整。数値を変えても変化がわかりにくい。
-0.3くらい?
hoshi2
次に曇りモード。広角気味で。
花の色は実物に近い色になったが、色の奥行きはなくなった。
上の写真とはずいぶん印象が違う。


やったぁ!

来週、連休を利用して山口啓介さんの作品制作のお手伝いをさせていただくことになりました。
どんなことをやるんだろ?
すっごく楽しみです!

シフトが決まり次第、酒百さんのお手伝いにも申し込みたいなぁ。
間に合うといいなぁ。

水と土の芸術祭

水と土の芸術祭があと一ヶ月ほどで開催されます。
プレイベントも始まり、公開制作を見たり、制作のお手伝いができるチャンスもあるようです。

自宅から近い場所に展示会場のひとつがあると知り、さっそく行ってみました。
江南区の旧木津小学校体育館です。
090617a
このあたりは子供のころ親と一緒にサイクリングに行った思い出があり、この建物にはなぜか愛着というか執着があります。
見るたびに「無くならないでくれよ」と願っていたので、こんな形で注目されるのは嬉しい。
部落もあまり大きな変化がなくて昔ながらの新潟の農村部って雰囲気で、ぶらぶら歩いているとホッとします。
サイクリングロードですれ違う人たちもきちんと挨拶してくれて気持いいです。
090617b
周囲は梨畑です。
建物は見るたびに老朽化が進んでいるのがわかります。
090617c
外壁に古い農機具が掛けられ、花があしらわれていました。
今回のために地元の人たちで大掃除をしたそうです。

電気が点いていたので中をのぞくと作家の酒百宏一(さかおこういち)さんらしき人がいて、挨拶だけしてきました。
またしつこく行くと思うので、今度はもっと話し掛けてみよう。
来月のお手伝い募集にも申し込んでみようと思います。


前々から気になっていたココも会場の近所です。
トランポリン



新潟花街茶屋

えんきかん
すっかり更新が遅くなったので日記的な記録として簡単に。
13日土曜日に和風倶楽部の皆さんと「新潟花街茶屋」に参加してきました。
新潟市は今年「大観光交流年」と銘打って県内外から大勢の観光客を招こうと力を入れてます。
JR東日本新潟支社でも秋に‘新潟デスティネーションキャンペーン’なるものを昨年から宣伝していて、新潟はこれから「水と土の芸術祭」「新潟まつり」「トキめき新潟国体」と大型イベント目白押し。
NHK大河ドラマ「天地人」の騒ぎもまだまだ続きそうわ、朱鷺はどこに飛んでいくかわからないわで、大騒ぎです。

この「新潟花街茶屋」もこれらの一環らしく、300年の伝統を誇る新潟芸妓の舞を、これまた歴史ある建物で鑑賞しましょう、というイベントです。
本来は京都祇園と同様、一流料亭でそれなりのお金を出さなければ芸妓さんを見る機会なんてありません。
しかし今は、伝統を守るべく株式会社化された組織で芸妓さんの育成から派遣まで行なわれていて、様々なイベントで芸妓さんの技を見ることができるようになりました。

【“新潟花街茶屋”の続きを読む】

ホルテンさんのはじめての冒険



ホルテンさんのはじめての冒険」は、2004年に見た「キッチン・ストーリー」と同じノルウェー出身のベント・ハーメル監督作品。

ノルウェー鉄道のベテラン運転士オッド・ホルテンさんは仕事一筋40年。無遅刻無欠勤。
一人暮らしの生活はすべて仕事中心で、一切時間に狂いのない判で押したような同じ毎日。
そんなホルテンさんも定年を迎えることとなる。
無表情で無口なホルテンさんが定年をどのように感じているのかは感じ取りにくいのだが、平穏理に終わるはずの勤務最終日に遅刻をしてしまう。
それがホルテンさんの人生に変化が起こる最初の一歩となることをホルテンさんはもちろん知るよしもない。
今までの生活リズムとは違う生活を始めたことで、ホルテンさんは思いもよらぬ状況に陥ったり、そこから新しい人との出会いがあったりする。

最初は否応無く巻き込まれている雰囲気であるが、穏やかな表情でそれらの出来事に対応するホルテンさんを見ていると変化を楽しんでいるような気がしてくる。
しかし、ホルテンさんがふと気づくのは「老い」や「死」であり、過去の後悔である。
自分を見つめなおし、新たな人生に向かってホルテンさんはある行動を起こすのだが、無表情・無口のホルテンさんから彼の心情の変化を読み取ることが私には少々難しく、正直、私は「癒される」「勇気をもらえる」「背中を押された」などという前評判のような感想は得られなかった。
ホルテンさんの真面目で実直な性格は好感が持てるが、だからといって他人の家に勝手に入ったりする行動と彼の人間性が私の中でどうしてもつながらない。
ホルテンさん、堅物のような風情でいながら、やることはなかなか大胆だ。
まぁ、そこが「ドラマ」なわけだけど。

ホルテンさんがたびたび足をとめるケーキ工房(?)の情景も何を意味するのかわからなかった。

ここずっと年輩の人が主人公の映画ばかり見てきた。
年輩の人の物語は何だか終りがさびしいのだが、どこか老いのさびしさを感じさせつつも、誰にとってもわかりやすい幸せにホルテンさんが向かうラストにホッとした。

憩い

20090603135431

オープンカフェみたいな、公園みたいな、こんな空間が意外な場所にありました。


なんと大学病院の外来棟なのです。
行くたびに小さなリニューアルを発見するここ数年の大学病院。
いつの間にやらTully’s coffeeが入っているのに気がついて廊下を行くと、四方を外壁に囲まれた小さな空間がこんな憩いのスペースに変わっていました。
すぐ近くは外来玄関やホールでたくさんの人が行き来しているというのに、その喧騒が気にならない静かな空間です。
空は見えるし、適度に狭いところが妙に落ち着くという・・・

今は待ち時間はぐっと短くなりましたけどね。
でも、病院は多少なりとも緊張するので、こんな配慮は嬉しいものです。


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